優秀な専門家の最新の報告(1、2)であっても、理想的あるいは最適な体重についての論議を解決できることはまずない。このことは、過去の例(例、3〜5)から容易に想像できる。ヒポクラテス、聖書、シェイクスピアやウィンザー公爵夫人の肥満と痩せの善悪についての言葉を引用するのはおもしろいが、今日求められるものは証拠(エビデンス)である。NHLBI(National Heart, Lung and Blood Institute〔米国立心臓・肺・血液研究所〕)のレポートの副題「エビデンス・レポート」(1)は聞いた事があるだろう。エビデンスの時代(とでもいえようか)は、保険産業による数々の報告書から始まる。メトロポリタン生命保険会社のアクチュアリーが、1941〜42年、1959年、1983年に一連の、今日馴染みのある書式で性別身長・体重表を発表した(6)。これらの表は、保険をかけた「命」の実例から、身長と体重の組み合わせと人生の終点である死との関係を解析した結果からまとめられた。改訂に伴って標準体重を数パウンド変更すると時折批判が起こった(1959〜1983)が、批判が多く集中したのは1983年の表のベースとなったデータの解析結果(7)が発表されたときだ。解析の結果、性別よりも年齢と身長・体重の組み合わせが死亡率に関係していると発表された(8)ためである。それをきっかけに、理想体重の研究報告における理論的根拠に関する議論は加速した。
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1987年に発表されたマンソン(Manson)らによる論文(10)で、BMIと死亡率の関係についての解析に関する三つの大きな問題が指摘された。一つはBMIと死亡率の関係における喫煙の影響の可能性である。喫煙者は非喫煙者よりも体重が少なく死亡年齢も低いため、痩せている人の死亡率が高いのはBMIの低さというよりもむしろ喫煙が影響している、というわけだ。このBMIと喫煙は交絡変数の古典的な例である。二つ目の問題は、研究対象者の登録の際に、寿命や体重変化に関わる病気の影響が適切に考慮されない点である。この問題については『肥満研究(Obesity Research)』に掲載されたアリソン(Allison)らによる研究(11)で取り上げられている。三つ目の問題は、BMIと死亡率の関係をつなげる条件や病気について不適切に調整をしてしまう点である。つまり、もしBMI(または肥満)の死亡率への影響が血圧や血糖値の上昇および脂質異常症を誘発するメカニズムによるものならば、それが肥満と死をつなげる要素なのだから、研究対象者から高血圧症や糖尿病患者などを除外してはならないのである。従って、ある種の病気を持つ個人は研究対象から除外すべきであるが、そうでない人は除外してはならないのである。
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調査対象者から除外すべき者の分かりやすい例は、転移がん患者のうち体重減少を伴う者や死を目前にした者である。対象者の選択の過誤を防ぐのは単純で直接的であるようにみえる。対象者を登録する前に各対象候補者の包括的な臨床評価を適切に行い、特定の条件に当てはまる候補者を除外すればいいのだ。しかし、「除外すべき」「除外すべきでない」条件の診断基準が統一されていないため、そう単純ではない。
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体重と死亡率の解析において血圧、血糖値、脂質濃度などの変数を調整することは、それらの変数が肥満と死亡率を結びつけるメカニズムの一部であるため不適切であると、一般的に考えられている。そのために診断が難しいのである。体重と死亡率をつなぐ理論的な流れは、肥満が血圧などの危険因子を高め、さらにそれらが心臓や脳の血管に早発性または促進的なアテローム性動脈硬化症を引き起こし、死に至るという流れである。このような例から、除外すべきでない対象者や調整すべきでない変数が理解できるだろう。
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ここで裏を返してみよう。これまでに報告されている数々の研究のうち、ほとんどのものはがん(詳細は多様)、冠状動脈性心臓病と脳血管性疾患、心臓血管疾患(定義は多様)、そして稀に糖尿病の病歴がある人を研究対象から除外している。対象者の除外(や変数の調整)に関する判断の過誤は簡単には防げない。グルコース耐性やグルコースレベルを考慮に入れないのに糖尿病患者を対象から除外するというのは全く道理にかなわない。対象者の選択における曖昧さ(や柔軟性)は、単一の研究からだけでも、時間的経緯の中で変化の流れから理解できる(Allison et al.(11)の引用文献23-29)。
このような解析に関するルールを誰も統一しようとしないため、これまで報告された研究には多様な研究方法があり、当惑しても仕方がない。しかし、対象者の選択と変数の調整に関する方法がまとめられたとしても、臨床評価の有効性と正確さには限界があるため問題は残るということを認識しておかなければならない。特に病気の初期段階では診断を誤ることがあるため、誤差は避けられないものである。ここで重要になるのは、現在分かっている診断ミスを補うための他の手続きを発展させること、すなわち、1)登録以前に原因不明の体重減少(減少の指標を前もって定める)がみられる人は対象者から外す、2)「一時的分離」とでもいえる手法の導入、などである。この手法の前提には潜伏期の問題がある。臨床診断時にはまだ発見できない、寿命を短くさせるある条件が、その後体重減少および寿命の短縮に影響を及ぼすため、交絡が起きてしまう。この手続きでは、追跡段階の初期で死亡した対象者は、たとえ最初の登録基準にかなっていたとしても対象者から除外する。
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仮説として考えられるのは、寿命を短くさせる未知の病気が、対象者を抽出する際には既に発症し体重が減少している(しかし対象者が自覚できるほどではないかもしれない)ということだ。対象者抽出時に行う体重変数の調整は死亡者数に影響を及ぼし、その結果、体重と死亡率との関係を歪ませる。従って、対象者を実際の研究対象として確定する前に、一時的分離の手法を用いて対象者確定後の命を保障する必要がある。一時的分離の試験的期間の長さは研究によって適切な判断が必要だが、多くの場合2〜5年である。
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一時的分離の手法は今日出版される論文ではほぼ当然のこととなっていて、アリソンら(11)の臨床試験で用いられているのもこの方法である。研究者たちにとって究極の問題とは、病気に対する交絡を除去するために一時的除外が有効であるのかどうか、そしてもし有効ならば、BMIと死亡率間の解析結果について行う「補正」の大きさはなにか、である。収集したデータ群をどの程度報告しているかを見分ける方法の詳細や、報告の分析レベルに合わせて分類する(結論の要旨を口頭で述べるだけの研究もある)方法の詳細、そして複数の報告を合わせ効果の大きさを計算する方法の詳細は、研究をするにあたって大変価値がある。
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29の研究で集められた計200万人近い対象者のデータを解析した結果は明白である。これらの研究のうちの包括的なデータを提供している研究(対象者計140万人)から、死亡率に対するBMIの関係は男性でも女性でもU字を描くことがわかった。非常に痩せている人と非常に太っている人は死亡率が高く、死亡率が最も低くなるBMIは50歳男女でそれぞれ26kg/m2および25kg/m2である。
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研究の初期段階で死亡した対象者を対象群から除くと、死亡率が最も低いBMIは男性で0.4kg/m2、女性で0.6kg/m2低下した。この差は統計学的に意味のあるものだが、重要でない、少なくとも臨床的には価値がないと判断されてしまった。「最良」のBMI値の低下に伴う差(男性0.4、女性0.6)は、平均身長で計算すると男性で体重1.3kg、女性で体重1.6kg分である。
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なぜこんなにも差が小さいのか。それは、それらの研究では、対象者登録時の臨床評価(研究によっては登録以前に顕著に体重が減少した人を研究対象から除外)が、潜在的な病気(交絡因子)の影響を防ぐ(あるいは最小限にする)のに十分であったためのようだ。
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このような過去の研究から、今後の研究計画や解析のために何を学べるだろうか。交絡因子である病気と喫煙を見落としてしまう可能性は充分あり、それらを見分ける手法が重要となる。アリソンの論文で述べられているように一時的分離の手法を量的に普及させたとしても、一時的排除を行う解析も行わない解析も(喫煙者・非喫煙者を層別して行う調査のように)慎重に扱われるだろう。例えば高齢者施設にいる人達のような特殊な集団では、その論文にあるように結果として取るに足らないものとなるとしても、病気による交絡は大変起こりやすいのである。
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最後に、トマス・ヘンリー・ハクスリー(Thomas Henry Huxley)の言葉を例に挙げよう。科学において最も悲しいことは、美しい仮説(この場合、一時的分離が有効な手法であること)が醜い事実(アリソンのレポート)で台無しにされることである。
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